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戦後数十年全国を風靡した盆踊りの唄はなんといっても「炭坑節」である。 敗戦の廃墟から復興へ、今日の繁栄のもとは鉄鋼や造船など重工業によったがその生産活動に欠かせぬものは良質の石炭で、それを産出していたのが北海道や九州の炭鉱だった。 当時炭鉱地帯は活気に溢れていたが、そのひとつ九州の三池炭坑はつとに有名でそこで唄われ全国にひろまったのが「炭坑節」である。 爾来今日に至るまでこの音頭は廃れることなく歌い継がれてきた。今日かっての三池炭鉱は衰退し見る影もなくなったがこの音頭だけはその経過を背景にいまも生き続け日本人の郷愁をさそっている。 先夜のことである。遠くからその「炭坑節」が聞こえてきた。「ははぁ、今夜は小学校の盆踊りか」と気づいた。都会ではよくあるが鎮守や古寺のない住宅地では夏休末ともなるとよく自治会主催の納涼盆踊りが行われる。そこでさっそく校庭に行ってみると「居るは、居るは」この近所にこんなに大勢子どもがいたのかと驚いた。 校庭の真ん中一段高く組まれたやぐらでは踊り手が身振り手振り「炭坑節」を披露、やぐらを囲んで女性や子どもが輪になって踊りを楽しんでいる。また、会場隅には夜店がずらり並び、地区ボーイスカウトは「たこ焼」、自治会は「輪投げ」、地区コミュニティは「綿菓子・飲み物・玉蜀黍焼」、婦人会は「おでん・おにぎり・みたらし団子」、小学校PTAは「パン」、少年野球チームは「焼き鳥・ビール」、老人ホームは「ポップコーン・当て物」など売っておりその店先はいっぱいの人だかり。 いつもならあまり子どもを見かけぬが今宵に限ってはなんとも賑やか。帰宅して聞くと、「年に一度の盆踊り、夏休みも終りに近い。そこで実家に寄った夫婦や子どもが総勢参加したせいだろう」とか。 「道理でふだん見ぬ子どもや親御さんが多かったんだ」と納得した。(2006.8.21 entry) ・・・幼な子の浴衣可愛いや盆踊り・・・ |
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